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自分の言葉で語ることができるようになりたい。

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詩人の最果タヒさんによる自動返詩アカウント。

偶然なのだが意味がかなり繋がりそうな文章が返ってきた。びっくりした。

 

ずっと興味のあったカミュの『異邦人』をようやく読んだ。

 

主人公のムルソーは自分の真理を求めるが故に疎外されて異邦人になる、と今回この本を読むきっかけとなった小論文の課題文(出典:柳田邦男氏の『言葉が立ち上がる時』)にあった。さらにこの異邦人とは、同胞の中でさえも自分がいつなるか分からないといった不安を孕んで人間の内面に潜んでいる問題であるということだ。

社会的、心理的な異邦人は我々の身の回りにも多数存在している。大病を患うなどして自ら孤独感に打ちひしがれ異邦人意識を持つこともある。

 

さてこの異邦人は自分にとってどのような存在であるか、というのが小論文の問題であった。私にはとても難しい……

 

先に述べたように、異邦人は自分や自分の周囲の人々がいつなっても可笑しくない。自分の真理とか不治の病とかそういう重大なことでなくても(というのは少々語弊があると思うのだが)例えば日常会話で生じる意見の相違、何と無い違和感など多くの人が経験したことがあるのではないだろうか。またその感覚は時と場合によるものも多いかもしれない。(ある話題、ある集団の時だけ感じるなど)異邦人とそれ以外の人間という境界線は曖昧で揺らぎやすいものであると思う。

 

ここまでは先生の力を借りつつなんとか考えたことである。この先が中々開けてこない。一度書いてみたのだが、小学生の人権作文のような文章になってしまった。自分の思考力が小学生でストップしているのをひしひしと感じる。今に始まったことではないのだけれど。道徳の授業で教えられたような教訓的なものではなく、自分の意見を持つことができると良いなあと考えている。

とりあえずあと1回文章書いてみるしかない。

 

話が小論文のことになって、肝心のカミュの作品については殆ど触れていないことに薄々気づいてはいたよ。それはまた次回(果たして来るのか)……

 

終わり。